カンボジアを訪れて

2008年 カンボジア を訪れて

 私にとって、チェレ村のドンボスコスクールへの訪問は今年で2回目となりました。去年、夫に付いて初めて行ったカンボジア。初めてカンボジアの子供達に出会い、今年も再び子供達に会うことができました。彼らのとびきりの笑顔に、今年も出会うことができました。
 初めて学校を訪れた時、2階建ての校舎に数百人を優に超えるたくさんの生徒たちを見て、そこが学校であることに何の疑問も抱きませんでした。しっかりとした学校がそこにある、という感想でした。10年前にほったて小屋から始まった学舎だとは、とても思えませんでした。子供達の笑顔、子供達のじゃれ合い、生き生きとした顔で授業を受けている姿を見ていると、日本の学校の子供達と変わらない、子供達のエネルギーが満ちあふれています。

 しかし、子供達と2日間過ごすと、彼らがいかにラッキーで大切な存在であるか、彼らを守らなければ!まだまだ足りないんだ、という気持ちが沸々とわき上がってきました。日本では子供達が学校に通うことが当たり前になっています。しかし子供達が笑顔ではしゃぎ合い、机に向かって勉強をする姿は、ここカンボジアでは決して当たり前のことではなく、ドンボスコスクールの子供達のように教育を受けられることは、本当に有り難いことなのだと思い知りました。この学校にいる子供達は、カンボジアの子供達のほんの一部です。カンボジアの街を歩けば、学校に通えず、物を売ったり、物乞いをしたりして一日を過ごす子供達がたくさんいます。ドンボスコスクールのシスター・オフリニは、そのような、学校に通いたくても通うことができない子供達をできる限り救済し、学校に通わせてきました。でもまだまだ足りない。学校に通いたい子供達は、まだまだたくさん待っています。

 ご存知の通り、カンボジアには残酷な過去があります。ちょうどわたしが生まれた頃に、カンボジアでは大量虐殺が行われ、いまカンボジアで生きている子供達の親や祖父母の世代が脅迫を受け、殺され、国の犠牲者となりました。決して遠い昔ではない過去に、暗く辛い時代がありました。その過去は現在においてもまだ尾を引いて、国もその過去を直視できず、責任問題を処理できずにいます。

 今も博物館として残るトゥルスレン収容所を訪れた時、初めてその歴史を現実のものとして感じて、予想以上に深刻なことを知り、ただ「どうしよう」と戸惑いました。私にはいったい何ができるのだろう。こんな残酷な事実を今まで私は知らないでいたのか。その思いでまた学校に戻った時、まずはこの子供達が笑顔でいられるように、また少しでも学校に通える子供達が増えていくように、これからも応援していこうと強く思いました。

 言葉はうまく通じないけれど、子供達と歌を歌ったり、絵を描くことを通じて、子供達と会話ができたような気がします。学校で子供達が「サンキュー」と言ってくれたとき、わたしこそ「サンキュー」だよと思いました。彼らの笑顔やひたむきな姿に、私も笑顔をもらいました。また彼らの未来を想うことは、私の夢になりました。

 最後に、これまでボランティアをしたくても方法が分からなかった私に、ヘリテージとのご縁をくださり、カンボジアの子供達と出会わせてくださったヘリテージ・ミュージックフェスティバルの皆さまに感謝します。

 遠山 賢子